特別な日

■東北人の一人として
昨年の3月11日は、沿岸部の方々に比べればインフラがストップしたくらいで、電気は4日くらい、給油が安定的に出来るようになったのは2週間くらいかかったでしょうか、とにかく寒い中、反射板のついた石油ストーブ一台とろうそくの灯り、唯一の情報源だったラジオから聞こえる亡くなった方々の数が当時は数百人という規模で、どんどん原発やら壊滅的な沿岸地域があって、被害の全容がよく分かってない時期でした。それから一年、4月頭くらいに初めて訪れた被災地の光景は、かつて自分が物心つく前から海水浴で訪れた思い出深い地の無残な姿でした。それを横目にやり(当時車を止めてじっくり被災地を見る行為は、野次馬的に取られるなと思い、運転しながら横目でみる程度)、知り合いに物資を届けに行き、流された家の跡地を見せてもらいながら、自然の脅威を覚えたものでした。以降何度か仕事や様子を見に被災地を歩きましたが、瓦礫は片付けられていくものの、復興が始まったとは言い難い状態です。それは恐らく今日色んな放送局が流したとは思いますが、瓦礫が無くならない限り、復興計画は進まないのです。広域で処分は絶対必要です。確かに自分の住んでいるところも含め、沿岸被災地にも少なからず放射能の影響はあります。自分も国の発表は信じられなくなっています。ただ、どうか受け入れ先で瓦礫処分の搬入に反対運動をされている方々にお願いしたい。あなた方の生活を不安視させる瓦礫は未だ被災地にあり、そこで乳幼児から児童は事実生活しているのです。汚染された瓦礫は被災地でと言わず、是非手をさし延べてください。あなた方の生活もあり、自分の子供の将来を考えれば、汚染された瓦礫を自分の住む場所に入れたくない気持ちは分からないわけではありません。親としたら当たり前だと思います。でも、被災地にはそういう場所でも生活している同じ今後日本を背負っていく世代が、自分たちの置かれている現状をよく分からないまま、笑顔で生活しています。どうかただ闇雲に放射能汚染の瓦礫処分に反対しないでください。あなた方が考える時間が欲しいといって時間を掛けるほど、被災地の復興は遅れていくのです。反対は誰でも出来ます。同じ議論で時間を使うのであれば、どうしたら健康被害の心配のいらない瓦礫処分が自分の住むところで出来ないかのような、被災地に寄り添った議論をお願いしたい。自分には日本人の美徳として互助扶助の精神がまだあると思っています。この島国にいる以上、色んな自然災害からは逃れなれません。きれい事は書きません。ただ復興に向けて動いている被災地の足かせになるような反対活動はしないでください。苦しい時はお互い様じゃないですか。各ご家庭様々な事情もあるのでしょう。大きい声で反対という前に、自分たちも安心できる受け入れ方を是非一考してください。

すっかり放置気味・・・

■一応継続中
まあ、仕事上一大転機を向かえているので、先月よりその準備にものすごく時間を割いています。目下まともにネットも見れていない状況でして、3月乗り越えれば何とかと思ってます。春は何かしらのスタートの季節、一歩踏み出す勇気は何気にでかい。

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