多であることの弊害

■単推しは崩壊への序章?
今更言うまでもありませんが、現在ハローを支えているファンの大多数は、ユニットに所属しているメンバーでも単独に推す=ファンである方が多いようで、娘。に限らずキッズ関係のユニットに関しても、ユニットのファンサイトではなく、そこに所属しているメンバーのファンサイトであることがほとんどで、話題に関してもそのメンバーは褒めちぎり、同じユニットのメンバーは名前すら出てこない、果ては同じユニットで活動しているにも関わらず罵詈雑言を浴びせるという、ある種極右的な思想が見え隠れするのですが、当然好みや嗜好の違いは分かるんですがユニットとして活動している以上、推しだけを応援するスタイルってどこか間違ってません?
最近は事務所サイドもそういう時流に乗ってなのか、わざわざライブのソロカット版をFC限定とはいえ発売してみたり、ソロカットを選べる写真集を作れるサービスを始めたりと、ニーズに応えているようで、実際はユニットとしての意義を崩壊させているのではないかなと感じています。
個人的にはユニット前提でメンバー個々の知名度を上げる戦略上の商売であれば全く問題ないのですが、実際すでに個人名は知っている顔も名前も一致しているファンに向けて、内々に展開している今は、すでに崩壊への道を辿っているようにしか感じません。
今、ハローに主で活動しているのは娘。・キッズユニット2組なんですが、いずれも人数の多いユニットです。
女性アイドルという市場はすでに大人数のアイドルはもちろん、女性アイドル自体(歌手として)市場が必要としていない現状、内々に展開せざるを得ない、ないしは確実に収益を上げられるニーズに対して事業を展開していくのは、しょうがないことなのでしょう。
多であるゆえに個に走っているハローの現状は、いわば極右に行かざるを得ない状況なんでしょうね。

うちのサイトを昔からご贔屓にされてた方はご承知の通り、自分がハローの虜になった元は後藤真希という少女がいて、それがモーニング娘。というユニットに加入し、卒業したのちもソロではもちろん、娘。自体も応援していたつもりでブログに書いてたりしたのですが、ことファンサイトの減少に伴い余計感じるのが、単推し傾向の強いサイトが同じ在籍しているメンバーの話題に触れないことにある種違和感を覚えますし、実際のライブでも単推しが歌う曲と、出ていない時のテンションの違いなど、果たして見に来ている人たちはユニットの形態として「モーニング娘。」やキッズのユニットを必要としているのかなと正直疑問に思います。
ま、アイドルの歴史を見れば、何人組にせよ「誰々が好み」というのはいずれの時代もあったことなんだと思いますが、今の単推し傾向が強くなっているように感じることが、実は崩壊へ向かっていっている証拠なんじゃないのかなと勝手に推測しています。
っていうかすでに単推しの方々はユニットである必要すら感じてないんじゃないでしょうか。
例えば、高橋や田中推しの方々は、「モーニング娘。の」という代名詞はもう必要ではないのでは?
仮にソロだったり新たにユニット組んでも、応援する対象が変わるわけではないですよね。
個人的にはすでにハローはユニット活動の意義すら失くしていると思ってます。
昨今やたらと多い企画物のユニット間越えユニットも然り、興行上のモノだけになってしまっていないかなと。
ファンもそれで満足してるんじゃないのかなと。

もちろん時代の求めるものがその時々に移り行くのはしょうがないにしても、単推し傾向の強さにはちょっと異常さを感じますね。
他のアイドルはどうなんでしょう?
ハロ以外は疎いのですが、やっぱり単推し傾向が強いのかな。
ユニットで活動している以上、単推しでもユニット含めて他のメンバーに対しても応援すべきじゃないのかな〜。

あまりファンサイト同士の交流自体してこなかった為に推し量るだけなのですが、唯一ハローでユニットにこだわっているのはメロン記念日とそのファンの方々ではないでしょうか。
メロン記念日の活動だけ、個人的には例外的な感じを受けます。
メジャーとは言いがたいですが、今のハローの流れからすると一番ユニット活動とファンとの想いが一致しているのはここだけなのかもしれませんね。
メロンのファンの方々の中にも単推しの人はいるのでしょうが、小ゆえに個が全体的に少ないのでしょうね。
なんとなくファンが支えているユニットっていう印象が自分は強いかな。
2008/05/21(Wed) 23:59:46 | ハロプロ
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